2010年7月アーカイブ

播但線 INDEX

| コメント(0) | トラックバック(0)

100717.jpg播但線(ばんたんせん)は、兵庫県姫路市の姫路駅から兵庫県朝来市の和田山駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線(地方交通線)である。
兵庫県の中央部を流れる市川・円山川に沿って山陽本線と山陰本線を結ぶ陰陽連絡路線である。寺前駅以南が電化されて以降、この路線の直通列車は特急「はまかぜ」のみとなり、それ以外では地域輸送が主体となっている。
播但線沿いに国道312号および播但連絡道路が並行する。播但線の前身である播但鉄道が開業するまで、生野銀山と姫路市の飾磨港とを連絡していた生野鉱山寮馬車道という道路も存在していた。
関西では代表的な非電化路線であったため、1972年(昭和47年)の蒸気機関車廃止時と1992年(平成4年)の客車列車全廃時には、それぞれ多くの鉄道ファンが沿線に詰めかけた。
大阪駅 - 香住駅・浜坂駅・鳥取駅間に特急「はまかぜ」が播但線を経由して運転されている。
普通列車については電化区間の姫路駅 - 寺前駅間と、非電化区間の寺前駅 - 和田山駅間で運転系統が分かれており、全線を通して運転される列車はない。また、朝晩を中心に姫路駅 - 福崎駅間の区間運転もある。
姫路駅 - 寺前駅間は15 - 40分に1本であるが、寺前駅 - 和田山駅間は1時間 - 1時間半に1本程度である。以前は夜間に2時間近く列車がない時間帯があったが、2009年3月14日のダイヤ改正で1本増発したことにより改善している。
歴史
・1894年(明治27年)7月26日:播但鉄道により姫路駅 - 寺前駅間(18M33C≒29.63km)が開業。野里駅・香呂駅・福崎駅・甘地駅・鶴居駅・寺前駅開業
・1895年(明治28年)1月15日:寺前駅 - 長谷駅間(4M0C≒6.44km)が延伸開業。長谷駅開業
4月17日:飾磨駅 - 姫路駅間(3M31C≒5.45km)、長谷駅 - 生野駅間(5M5C≒8.15km)が開業。飾磨駅(のちの飾磨港駅)・生野駅開業
・1896年(明治29年)8月19日:仁豊野駅開業
8月31日:全線改マイル、7C(≒0.14km)短縮
・1897年(明治30年)11月21日:天神駅(のちの飾磨駅)開業
12月1日:亀山駅開業
・1898年(明治31年)2月18日:京口駅開業
3月28日:溝口駅開業
4月21日:亀山駅 - 姫路駅間に豆腐町駅が開業。豆腐町駅 - 姫路駅間の旅客営業が廃止され、旅客列車は飾磨駅 - 豆腐町駅間の区間運転とし豆腐町駅 - 姫路駅間は徒歩連絡になる
・1901年(明治34年)8月29日:生野駅 - 新井駅間(5M15C≒8.35km)が延伸開業。長谷駅 - 生野駅間改マイル、20C(≒0.40km)短縮。新井駅開業
・1902年(明治35年)11月12日:営業距離の表記をマイル・チェーンからマイルのみに簡略化(35M57C→35.7M)
・1903年(明治36年)6月1日:山陽鉄道が全路線を譲り受ける
・1906年(明治39年)2月8日:姫路駅 - 新井駅間改マイル、0.1M(≒0.16km)延長
4月1日:新井駅 - 和田山駅間(8.6M≒13.84km)が延伸開業し、現在の播但線が全通。竹田駅・和田山駅開業
掲載駅
竹田駅-新井駅-生野駅-寺前駅-鶴居駅-甘地駅-福崎駅
P7170110.JPGP7170122.JPGP7170125.JPGP7172044.JPGP7172056.JPGP7170134.JPGP7172074.JPG
溝口駅-香呂駅
P7172083.JPGP7172095.JPG

智頭急行 INDEX

| コメント(0) | トラックバック(0)

chizukyu011.jpg智頭急行株式会社(ちずきゅうこう、Chizu Express Company、略号CKK)とは、兵庫県・岡山県・鳥取県の3県において旧日本鉄道建設公団建設線の智頭線を運営している鉄道会社である。鳥取県など沿線自治体の出資による第三セクター方式で設立された鉄道の一つである。
本社所在地は鳥取県八頭郡智頭町大字智頭2052番地1(智頭駅前、JA鳥取いなば智頭支店ビル)、運輸部は鳥取県八頭郡智頭町大字智頭1862番地2(智頭駅構内)。なお、社名・駅名のかな表記は「ちず」で町名・地名のかな表記「ちづ」とは異なる。

画像:河原付近を走行中の特急「スーパーはくと

1994年暮れの開業後間もない1995年1月に阪神・淡路大震災が発生、これによって智頭線を走る特急列車「スーパーはくと」が全面運休に追い込まれ、初年度決算では売上高が当初予想の10分の1にとどまって倒産の危機にも見舞われたが、どうにか持ちこたえて危機を脱し、1998年度以降は連続して黒字を計上している。
数多くの第三セクター鉄道が赤字を抱える中、北越急行に次ぐ経常収益があり、北越急行と共に「第三セクター鉄道の二大優等生」と並び称されることがある[1]。これは京阪神と鳥取県を結ぶ特急列車「スーパーはくと」の輸送に負うところが大きい。岡山と鳥取県を結ぶ特急「スーパーいなば」も走るが、普通列車の営業成績は芳しくない。このように好調な数字の陰にも隠れた苦しさを抱えている経営状況であるが、北越急行は2014年度に北陸新幹線が金沢駅まで開業した後は、現状よりも経営が大幅に悪化することが確実視される状況であるのに対し、鳥取自動車道の開通で高速バスの速達化が予想されるが、時間面での優位を覆すには至らない智頭急行には経営に急激な影響を与えると予測される要素は、現時点でほとんど無い。
<掲載駅>上郡 - 苔縄 - 河野原円心 - 久崎 - 佐用 - 平福
P5081460.JPGP50814361.JPGP50814121.JPGP50813991.JPGP5081316.JPGP5081350.JPG
宮本武蔵 - 大原 - 西粟倉 - あわくら温泉

P6041657.JPGP6041678.JPGP6041718.JPGP6041740.JPG

因美線 INDEX

| コメント(0) | トラックバック(0)
inbi011.jpg因美線(いんびせん)は、鳥取県鳥取市の鳥取駅から岡山県津山市の東津山駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線(地方交通線)である。
起点の鳥取駅で山陰本線に、終点の東津山駅で姫新線に接続している。かつては全線が津山線とともに岡山と鳥取を結ぶ陰陽連絡路線の役割を果たしていた。しかし智頭急行の開業後、鳥取と岡山を結ぶ列車が智頭急行智頭線を経由するようになったことで、陰陽連絡の役割は智頭線経由の列車が走る智頭以北のみとなり、智頭以南とで役割を異にするようになった。
岡山支社管内で独自に設定されているラインカラーは藍色(米子支社ではラインカラー自体が山陰本線以外未導入のためなし)。

画像:前面窓に「快速」のサボを記載して運転されるキハ120形気動車
<掲載駅>
郡家 - 河原 - 用瀬 - 因幡社 - 智頭 - 那岐 - 美作河井
PB1401311.jpgPB270420.JPGPB2704281.JPGPB270439.JPGPB2704123.jpgPB270463.JPGP4241128.JPG
知和 - 美作加茂 - 美作滝尾
P4241121.JPGP4241151.JPGP9072161.JPG

山陰本線 INDEX

| コメント(0) | トラックバック(0)

sanin11.jpg山陰本線(さんいんほんせん)は、京都府京都市下京区の京都駅から、中国地方の日本海沿岸を経由し山口県下関市の幡生駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線(幹線)である。
営業キロこそ日本最長の路線ではあるが、起点から終点までを通して走る優等列車の設定が史上一度もない本線の一つとなっている。区間によって乗客の流動に大きな偏りがあり、東西方向の交流が必ずしも盛んでないことや、かつての日本国有鉄道(国鉄)や現在のJR西日本が、山陽新幹線開業以降、山陰本線沿いの各都市から直接山陽新幹線に至る路線(陰陽連絡線)を強化してきた結果である。


画像:キハ40系気動車
山陰と瀬戸内側を結ぶ線には福知山線、伯備線等の電化された路線や智頭急行線のような高速新線があるが、山陰の横同士の連絡は最近まであまり考慮されず、電化もそれらの延長的存在でつぎはぎ状態で行われた。後年の高速化工事も同様で、高速化された区間とそうでない区間がつぎはぎ状態になっている。それでも民営化後は、それまでバスの独占状態であった鳥取 - 倉吉 - 米子 - 松江 - 出雲市のローカル輸送に力を入れるなど、以前に比べれば改善がみられる。
幹線扱いの長大路線でありながら近代化が遅れたことや、ローカル色あふれる風光明媚な車窓風景とあいまって、鉄道ファンであった作家・宮脇俊三は「偉大なるローカル線」と山陰線を評した。この卓抜な表現は山陰線の実情をよく表したものとして、大方の鉄道ファンから賛同を得ている。
長大路線だけに、沿線には温泉地が多く、古くから知られた温泉が数多く湧出している。
綾部駅 - 福知山駅間が複線になっているのは、京都方面から福知山を跨いで運転される特急列車と、福知山から綾部を跨いで舞鶴線へ直通運転される普通列車が輻輳しているためである。
<掲載駅>御来屋 - 名和
P4171065.JPGP41711021.JPG

若桜鉄道 INDEX

| コメント(0) | トラックバック(0)

wakasa011.jpg若桜線(わかさせん)は、鳥取県八頭郡八頭町の郡家駅から、鳥取県八頭郡若桜町の若桜駅に至る若桜鉄道が運営する鉄道路線である。
国鉄再建法施行に伴い特定地方交通線に選定され、廃止された西日本旅客鉄道(JR西日本)若桜線を引き継いだものである。
全列車が各駅に停車する普通列車である。1日10往復(2時間に1本程度)の運行で、1 - 3両編成で運転されており、1両編成の場合はワンマン運転である。半数以上の列車が郡家駅からJR西日本の因美線に直通し、鳥取駅まで運転される。また、21時台の下り列車1本は山陰本線米子駅始発で運行されている。

画像:動態保存されているSL「C12
<掲載駅>
郡家 - 因幡船岡 - 隼 - 安部 - 八東 - 丹比 - 若桜
PB1401311.jpgPB140119.JPGPB400311.jpgPB140051.JPGPB140063.JPGPB1400721.jpgPB140079.JPG

姫新線 INDEX

| コメント(0) | トラックバック(0)

kishinn.jpg姫新線(きしんせん)は、兵庫県姫路市の姫路駅から津山駅を経て岡山県新見市の新見駅に至る西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線(地方交通線)である。
中国山地の山間を通るローカル線で、沿線に湯郷温泉などの温泉地への入口林野駅、蒜山高原への入口中国勝山駅などがあり、山陽地方と山陰地方を結ぶ陰陽連絡路線の一つでもある。しかし、1970年代(昭和50年代)以降は中国自動車道が開通して自家用車や観光バスに観光客が転移し、JRの前身である日本国有鉄道(国鉄)も高速バス(中国ハイウェイバス)を開業させたことから、陰陽連絡路線や津山市と京阪神とを結ぶ役割を事実上喪失した。1989年の急行廃止と1994年の智頭急行線の開業により、以後は地域輸送が中心となっている。

画像:姫路地区で運用されるキハ127系気動車
<掲載駅>
西栗栖 - 三日月 - 播磨徳久 - 佐用 - 上月 - 美作土居 -美作江見
P5081261.JPGP5081280.JPGP5081310.JPGP5081316.JPGP5081384.JPGPC010590.JPG800px-JRW_mimasaka-emi_sta.jpg
林野 - 勝間田 - 美作千代 - 美作追分 - 美作落合 - 久世 - 中国勝山
800px-JRW_hayashino_sta.jpg800px-JRW_katsumada_sta.jpgPC020229.JPGPC020218.JPGPC020215.JPGPB2002921.JPGPB2001541.JPG
月田 - 富原 - 刑部 - 丹治部 - 岩山
PC1208311.JPGPC1208141.JPGPC120800.JPGPC120791.JPGR0010079.JPG

播但線香呂駅

| コメント(0) | トラックバック(0)

P71720951i.JPG香呂駅(こうろえき)は、兵庫県姫路市香寺町中屋にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅である。
単式・島式の複合型2面3線のホームを持つ、待避・交換設備を備えた地上駅。みどりの窓口が設置されている。駅業務は2005年(平成17年)4月1日にJR直営からジェイアール西日本福知山メンテックに移管された。駅舎は単式の1番のりば側にあり、島式の2・3番のりばへは跨線橋で連絡している。
配線上は1番のりばを上下本線とした一線スルーとなっており、特急「はまかぜ」は上下線問わず1番のりばを通過していく。停車列車もラッシュ時間帯以外で行違いがない場合は、上下線問わず1番のりばに停車する。
歴史
1894年(明治27年)7月26日 - 播但鉄道が姫路駅 - 寺前駅間で開業すると同時に設置。旅客・貨物の取扱を開始。
・1903年(明治36年)6月1日 - 播但鉄道が山陽鉄道に営業譲渡。山陽鉄道の駅となる。
・1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化により、国有鉄道の駅となる。
・1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
・1980年(昭和55年)4月1日 - 車扱貨物の取扱を廃止。駅舎南側に有蓋車用の貨物ホームが設置されていた。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
・2007年(平成19年)8月1日 - 窓口営業時間を変更。1時間延長し、7:15 - 21:00(変更前 - 20:00)となる。
P7172095.JPGP7172096.JPGP7172102.JPGP7172100.JPGP7172098.JPGP7172099.JPGP7172097.JPG

播但線溝口駅

| コメント(0) | トラックバック(0)

P71720831i.JPG溝口駅(みぞぐちえき)は、兵庫県姫路市香寺町溝口にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅。
相対式2面2線のホームを持つ、交換設備を備えた地上駅。配線は一線スルー化されておらずY字分岐となっているため、発着ホームは方向別で分けられている。
福知山支社管内にありながらジェイアール西日本交通サービス受託の業務委託駅であったが、2005年(平成17年)10月改正からジェイアール西日本福知山メンテックに移管された。みどりの窓口が設置されている。
駅舎は寺前方面行きホーム側にあり、反対側の姫路方面行きホームへは跨線橋で連絡している(そのため、駅舎側が2番のりば)。
歴史
・1898年(明治31年)3月28日 - 播但鉄道の香呂駅 - 福崎駅間に新設開業。旅客・貨物の取扱を開始。
・1903年(明治36年)6月1日 - 播但鉄道が山陽鉄道に営業譲渡。山陽鉄道の駅となる。
・1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化により、国有鉄道の駅となる。
・1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
・1962年(昭和37年)3月1日 - 貨物の取扱を廃止。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
・2007年(平成19年)
  7月1日 - みどりの窓口開設。
  8月1日 - 窓口営業時間を変更。1時間延長し、7:10 - 21:00(変更前 - 20:00)となる。
P7172083.JPGP7172084.JPGP7172093.JPGP7172082.JPGP7172085.JPGP7172087.JPGP7172089.JPG
P7172091.JPGP7172090.JPG

播但線福崎駅

| コメント(0) | トラックバック(0)

P71720741i.JPG福崎駅(ふくさきえき)は、兵庫県神崎郡福崎町福田字中溝にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅である。
姫路方面からの列車の多くが折り返す主要駅であり、また、特急「はまかぜ」の全列車が停車する。
単式・島式の複合型2面3線のホームを持つ地上駅である。駅舎は単式の1番のりば側にあり、島式の2・3番のりばへは跨線橋で連絡している。みどりの窓口が設置されている。
1番のりばが上り本線、2番のりばが下り本線、3番のりばが上下副本線となっており、通常の停車には1番のりばと2番のりばが使われる。
歴史
・1894年(明治27年)7月26日 - 播但鉄道が姫路駅 - 寺前駅間で開業すると同時に設置。旅客・貨物の取扱を開始。
・1903年(明治36年)6月1日 - 播但鉄道が山陽鉄道に営業譲渡。山陽鉄道の駅となる。
・1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化により、国有鉄道の駅となる。
・1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
・1973年(昭和48年)4月1日 - 貨物の取扱を廃止。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
P7172074.JPGP7172076.JPGP7172077.JPGP7172078.JPGP7172079.JPGP7172077.JPGP7172081.JPG

播但線甘地駅

| コメント(0) | トラックバック(0)

P71701341i.JPG甘地駅(あまじえき)は、兵庫県神崎郡市川町甘地字荻原にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅。
相対式2面2線のホームを持つ、行違い設備を備えた地上駅である。配線はY字分岐ではないものの一線スルーにはなっておらず、ホームは方向別で分かれている。
駅舎は姫路方面行きホーム側にあり、反対側の寺前方面行きホームへは跨線橋で連絡している。簡易委託駅だが、早朝と夕方以降は無人になる。
<歴史>
・1894年(明治27年)7月26日 - 播但鉄道が姫路駅 - 寺前駅間で開業すると同時に設置。旅客・貨物の取扱を開始。
・1903年(明治36年)6月1日 - 播但鉄道が山陽鉄道に営業譲渡。山陽鉄道の駅となる。
・1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化により、国有鉄道の駅となる。
・1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
・1973年(昭和48年)4月1日 - 貨物の取扱を廃止。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
P7172065.JPGP7170135.JPGP7172066.JPGP7172067.JPGP7172068.JPGP7172071.JPGP7172069.JPG
P7172070.JPGP7170134.JPGP7170133.JPG

播但線鶴居駅

| コメント(0) | トラックバック(0)

P71720561i.JPG鶴居駅(つるいえき)は、兵庫県神崎郡市川町鶴居字檜戸にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅である。
相対式2面2線のホームを持ち、交換設備を備えた地上駅である。駅舎はあるが無人駅となっており、駅舎内に直立式の自動券売機が置かれている。
駅舎は1番のりば側にあり、反対側の2番のりばへは跨線橋で連絡している。1番のりばを上下本線、2番のりばを上下副本線とした一線スルーとなっており、通過列車や行違いのない列車は両方向とも1番のりばを使用。2番のりばは行違い列車が使用する。
歴史
・1894年(明治27年)7月26日 - 播但鉄道が姫路駅 - 寺前駅間で開業すると同時に設置。旅客・貨物の取扱を開始。
・1903年(明治36年)6月1日 - 播但鉄道が山陽鉄道に営業譲渡。山陽鉄道の駅となる。
・1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化により、国有鉄道の駅となる。
・1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
・1973年(昭和48年)4月1日 - 貨物の取扱を廃止。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
・1991年(平成3年)4月1日 - 無人駅化。
P7172056.JPGP7172058.JPGP7172059.JPGP7172063.JPGP7172060.JPGP7170131.JPG

播但線寺前駅

| コメント(0) | トラックバック(0)
P71720441i.JPG寺前駅(てらまええき)は、兵庫県神崎郡神河町鍛冶字八重向にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅。
電化・非電化の境界駅となっており、普通列車はすべて当駅で乗換えとなる。また、特急「はまかぜ」の全列車が停車する。
電化以前は普通列車の半数が当駅で折り返しており、その名残で当駅を境に運転本数が少なくなる。駅構内には福崎鉄道部の事務所もある。
単式・島式の複合型2面3線のホームを持つ、交換・待避・折返し設備を備えた地上駅で、その他にも列車留置用の側線が設けられている。直営駅でみどりの窓口が設置されている。駅舎は単式の1番ホーム側にあり、島式の2・3番ホームへは跨線橋で連絡している。
2010年に新駅舎が仮開業した。トイレは改札内にあり、男女別の水洗式である。ただし、売店は現在休業中である。駅舎に隣接する「カーミンの観光案内所」内にもトイレはある。
列車の夜間停泊も行われる。
歴史
・1894年(明治27年)7月26日 - 播但鉄道が姫路駅 - 当駅間で開業すると同時に設置。開業当初の北の終着駅であった。旅客・貨物の取扱を開始。
・1895年(明治28年)1月15日 - 播但鉄道が長谷駅まで延伸。途中駅となる。
・1903年(明治36年)6月1日 - 播但鉄道が山陽鉄道に営業譲渡。山陽鉄道の駅となる。
・1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化により、国有鉄道の駅となる。
・1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
・1982年(昭和53年)10月2日 - 車扱貨物の取扱を廃止。有蓋車用の貨物ホームが設置されていた。
・1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
・1998年(平成10年)3月14日 - 姫路駅から当駅まで電化され、電化・非電化の境界駅となる。
P7172044.JPGP7172045.JPGP7172046.JPGP7172047.JPGP7172048.JPGP7172041.JPGP7172051.JPG

播但線生野駅

| コメント(0) | トラックバック(0)

P71701251i.JPG生野駅(いくのえき)は、兵庫県朝来市生野町口銀谷(くちがなや)字中筋にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅である。特急「はまかぜ」が停車する。
相対式2面2線のホームを持ち、交換設備を有する地上駅。駅舎は西口(姫路方面行きホーム側)と東口(和田山方面行きホーム側)両方にあり、ホームの跨線橋で連絡している。配線上では一線スルー化も可能であるが、信号機が片側にしか付けられていないため、ホームは方向別になっている。一時期無人化されていたが、現在は簡易委託駅で、朝から夕方まで2009年3月に竣工した西口駅舎に駅員が配置されている。
鉄道では全国的に珍しい右側通行となっている。新井方面からは上り勾配となっていて、新井方面から見て駅構内は左側にカーブしており、さらに左側分岐であるため、左側通行では勾配途中で分岐制限を受けてしまうので、蒸気機関車はホームへの停車が困難だったからである。
2010年4月、西口駅舎内に朝来市観光情報センターがオープンした。
歴史
・1895年(明治28年)4月17日 - 播但鉄道が長谷駅から延伸し、その終着として開業。旅客・貨物の取扱を開始。
・1901年(明治34年)8月29日 - 新井駅までの延伸に伴い、南へ300m移転。途中駅となる。
・1903年(明治36年)6月1日 - 播但鉄道が山陽鉄道に営業譲渡。山陽鉄道の駅となる。
・1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道国有化により国有鉄道の駅となる。
・1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
・1973年(昭和48年)4月1日 - 貨物の取扱を廃止。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
P7170125.JPGP7172021.JPGP7172023.JPGP7172025.JPGP7172026.JPGP7172027.JPGP7172039.JPG
P7172031.JPGP7172033.JPGP7172035.JPGP7172036.JPGP7170127.JPGP7170126.JPG

播但線新井駅

| コメント(0) | トラックバック(0)

P71701221i.JPG新井駅(にいえき)は、兵庫県朝来市新井字中川原にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅である。
かつては隣駅の生野駅と並んで急行「但馬」の停車駅であったが、廃止後は、普通列車のみが停車する駅となった。生野駅が特急「はまかぜ」の停車駅に昇格したのとは対照的である。
相対式2面2線のホームを持ち、交換設備を有する地上駅。駅舎は和田山方面行きホーム側にあり、反対側の寺前方面行きホームへは跨線橋で連絡している。簡易委託駅で、早朝と夕方以降は無人となる。かつて2面3線を有していたが、1線は撤去された。
歴史
・1901年(明治34年)8月29日 - 播但鉄道が生野駅から延伸し、その終着駅として開業。旅客・貨物の取扱を開始。
・1903年(明治36年)6月1日 - 播但鉄道が山陽鉄道に営業譲渡。山陽鉄道の駅となる。
・1906年(明治39年)
  4月1日 - 山陽鉄道が和田山駅まで延伸。途中駅となる。
  12月1日 - 国有化により官設鉄道の駅となる。
・1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
・1980年(昭和55年)4月1日 - 車扱貨物の取扱を廃止。有蓋車用の貨物ホームが設置されていた。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
P7172005.JPGP7172006.JPGP7172009.JPGP7172015.JPGP7172014.JPGP7172013.JPGP7172012.JPG
P7172010.JPGP7172011.JPG

播但線竹田駅

| コメント(0) | トラックバック(0)

P71701081i.JPG 竹田駅(たけだえき)は、兵庫県朝来市和田山町竹田字中町西側にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)播但線の駅である。
かつては急行「但馬」の一部が停車していたが現在は普通列車のみ停車する。
単式2面2線のホームを持ち、交換設備を備えた地上駅。かつては単式・島式の複合型2面3線のホームを有していたが、現在では真ん中の1線が外されて、2面2線となっている。一線スルーではなくY字分岐の配線で、ホームは上下線で別になっている。
重厚な造りの木造瓦葺きの駅舎が、現役で使われ続けている。その駅舎は元々単式であった寺前方面行きホーム側にあり、反対側の和田山行きホームへは跨線橋で連絡している。なお簡易委託駅のため、早朝と夕方以降は無人となる。
歴史
・1906年(明治39年)
4月1日 - 山陽鉄道の新井駅 - 和田山駅間の延伸と同時に開業。旅客・貨物の取扱を開始。
12月1日 - 国有化により官設鉄道の駅となる。
・1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。播但線の所属となる。
・1963年(昭和38年)3月1日 - 貨物の取扱を廃止。
・1973年(昭和48年)4月1日 - 無人化。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道の駅となる。
P7170108.JPGP7170110.JPGP7170114.JPGP7170115.JPGP7170116.JPGP7171992.JPGP7171993.JPG
P7171988.JPGP7171987.JPGP7171990.JPGP7171991.JPGP7172000.JPGP7170117.JPGP71701171.JPG
竹田城(たけだじょう)は、兵庫県朝来市和田山町竹田にあった中世山城。
縄張りが虎が臥せているように見えることから、別名虎臥城(とらふすじょう、こがじょう)。また城下から遥か高く見上げる山の頂に位置し、しばしば円山川の川霧により霞むことから、天空の城の異名をもつ。雲海に浮かび上がる古城の累々たる石垣群の威容は、名物ともなっている。国の史跡に指定されている。
東に立雲峡を望む標高353.7メートルの古城山(虎臥山)の山頂に築かれ、縄張りは、南北約400メートル、東西約100メートル。天守台をほぼ中央に配置し、本丸、二の丸、三の丸、南二の丸が連郭式に配され、北千畳部と南千畳を双翼とし、天守台北西部に花屋敷と称する一郭がある。廃城から約400年を経ているが、石垣がほぼそのままの状態で残っており、現存する山城として日本屈指の規模となっている。

<参考>
Image6.jpg
にっぽん木造駅舎の旅
竹田駅 播但線・兵庫県朝来市

このアーカイブについて

このページには、2010年7月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2010年6月です。

次のアーカイブは2011年3月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.2.13