2010年3月アーカイブ

土讃線 琴平駅

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P9172273琴平駅(ことひらえき)は、香川県仲多度郡琴平町榎井にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅。駅番号はD15。駅表示パネルのコメントは「こんぴらさんの駅」。
特急列車を含む全定期列車が停車するが、臨時列車のムーンライト高知(現在は運休中)は当駅を通過する。土讃線の電化区間は多度津駅 - 当駅間のみで、琴平以南は非電化区間となる。また、琴平以南は沿線人口も低く、阿波池田駅までの区間では徳島県との県境を成す山地帯を越えるため、土讃線のローカル列車(近距離輸送列車)は当駅を境に運行形態が分けられている。
前述の通り当駅は電化区間の終端で、架線は香川県道206号原田琴平線と交差する踏切の先で途切れている。1日平均の乗車人員は1,222人である(2006年度)。これはJR四国19位である。2005年度の1日平均の乗降人員は2,551人、2003年度は2,761人であった。
2面4線のホームを持つ地上駅。基本的には単式・島式2面3線(2番線が単式、3・4番線が島式)なのだが、のちに駅入換要員の無配置化により、駅舎側の単式ホームに切り込みを入れたところを1番線とし、列車が1本発着できるようにした。みどりの窓口設置駅。
<歴史>
・1889年(明治22年)5月23日 - 讃岐鉄道の駅として開業。
・1904年(明治37年)12月1日 - 讃岐鉄道が山陽鉄道に買収され、同社の駅となる。
・1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道が国有化され、官有鉄道(後に国鉄)の駅となる。
・1922年(大正11年)11月 - 阿波池田方面への延伸のため現在地に移転。旧駅跡は、琴平参宮電鉄の琴平駅
のち琴参琴平駅、現在は温泉旅館のことひら温泉琴参閣となった。
・1936年(昭和11年) - 現駅舎竣工。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR四国の駅となる。
・1989年(平成元年)7月22日 - 四国鉄道百周年にちなみ駅舎内に鉄道資料館が開設されたがその後閉鎖。
<JR土讃線>琴平駅
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土讃線 坪尻駅

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P9172313坪尻駅(つぼじりえき)は、徳島県三好市池田町西山にある四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅。駅番号はD19。
徳島県と香川県の県境にある猪ノ鼻峠付近、標高272mの地点に位置し、周辺には山林や川しかない。通過する普通列車もあり、秘境駅のひとつとして知られている。単式ホーム1面1線のスイッチバック式地上駅。四国のスイッチバック駅は土讃線の当駅と新改駅の2駅のみである。本線通過制限速度は100km/h。
下り普通列車は引き上げ線に待避してから駅に進入する。上り普通列車は駅を出発して引き上げ線に待避したのち讃岐財田駅に向かう。
ワンマン運転時は、運転士は進行方向を変えるごとに前方となる運転台へ移動する。このため、当駅での普通列車同士の行き違いは上下いずれかが必ず通過となる。通過列車は、横の本線を高速で去っていく。
かつては、スイッチバック駅の魅力でもあったシーサス・クロッシングポイントが設置されていたが、JR化後の高速化改良工事により撤去され現在の形となった。
駅舎の待合室には、発車時刻表、10分以上停車する列車の時刻表に加え、定期列車の通過時刻表も掲示されている。通過時刻表は踏切に掲示されている。また、駅ノート[1]や、2008年5月15日に地元の町づくり団体から寄贈された駅スタンプも待合室内に置かれていたが、2010年2月10日にこれもまた盗難にあったか紛失していることが判明。その後この駅スタンプは2010年4月22日に津軽線中沢駅で発見された。
なおこの待合室は各方向の戸が引き戸式で閉めることができるので、虫の侵入を防ぐことができる。
鮎苦谷川沿いの谷に駅が位置するため、車では近づくことができず、到達手段は徒歩のみである。駅舎を出ると東側・西側それぞれ山道が1本ずつあり、駅舎の南側にある踏切を東側へ渡って10~20分程度歩くと国道32号に、西側へ行くと市道に出る。ただし山道にはゴミが散乱していたり、倒木がある場合がある。また降雨時や雨上がりは地面がぬかるんでおり、ごく一部を除いて柵がないため、崖下に落ちる危険性もある。季節によってはマムシやハチが出ることもある。
なお、駅が立地しているのは元は鮎苦谷川(州津川)の川底だった場所である。建設に際して敷地を確保するため、水を流すトンネルを掘削して川の流路を変えた上で川底を埋め立て、駅(当時は信号場)が設置された[3]。線路を通すためにトンネルで川を迂回させた場所は当駅の前後にも1カ所ずつあり、そのうちの1つは坪尻駅より多度津側のトンネルを出た車窓の西側に見える。
<歴史>
・1929年(昭和4年)4月28日 - 信号場として開設。
・1950年(昭和25年)1月10日 - 駅に昇格。
・1970年(昭和45年)10月1日 - 無人駅化。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR四国の駅となる。
・2010年(平成22年)1月11日 - 坪尻駅還暦祝賀会を開催、臨時列車「坪尻秘境号」運転。
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P9172344善通寺駅(ぜんつうじえき)は、香川県善通寺市文京町一丁目にある、四国旅客鉄道(JR四国)土讃線の駅である。駅番号はD14。駅表示パネルのコメントは弘法大師ゆかりの駅。全特急列車が停車する。
2面3線のホームを持つ地上駅。1番線が直線となる一線スルー(制限速度120km/h)になっている。行違いがある場合は下り列車が2番線に入る。3番線は原則として特急待避時のみの使用。
直営駅、みどりの窓口設置駅。善通寺市の中心駅で開業当初からの木造駅舎を使用している。
1日平均の乗車人員は1,801人である。(2006年度)
<歴史>
・1889年(明治22年)
5月23日 - 吉田駅(よしだえき)として開業。
6月15日 - 吉田駅から善通寺駅に駅名を変更。
・1904年(明治37年)12月1日 - 讃岐鉄道が山陽鉄道に買収され、同社の駅となる。
・1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道が国有化され、官有鉄道(後に国鉄)の駅となる。
・1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、JR四国の駅となる。

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yokota_01出雲横田駅(いずもよこたえき)は、島根県仁多郡奥出雲町横田にある西日本旅客鉄yokota_02道(JR西日本)木次線の駅。愛称は「奇稲田姫」(くしいなだひめ)。

相対式ホーム2面2線を有し、列車交換が可能な地上駅。神社を模した木造の駅舎は1934年(昭和9年)の駅開業当初からのものである。駅舎側のホームが2番のりばとなっており、反対側の1番のりばへは備後落合寄りの構内踏切で連絡している。
木次鉄道部管理の簡易委託駅でPOS端末を設置。指定券発行可。
土曜の夜から日曜の早朝にかけてを除き、夜間滞泊がある。
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近江鉄道日野駅

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2016-03-02_193526日野駅 (ひのえき)は、滋賀県蒲生郡日野町にある近江鉄道本線の駅。
近江鉄道の主要な駅(主管駅)の一つで、日中のみ有人駅となる。
当駅~貴生川駅間において、朝と夜ならびに平日昼間に当駅を始発・終着とする便が運行されている。

相対式ホームの間に中線を挟んだ2面3線の地上駅で、ホームは千鳥配置となっている。中線が一線スルーとなる配線である。
駅舎は開業以来のもの[1]で、東の1番線(水口・貴生川方面行きホーム)側にある。反対側の2番線(八日市・米原方面行きホーム)へは、遮断機の付いた構内踏切で連絡している。
1986年から1996年に八日市 - 貴生川間ではレールバス(LE10形)が運行されていたが、それにあわせて当駅にレールバスの基地が設けられていた。現在もその名残で構内は広く、屋根の付いた車庫も残されている。
当駅の窓口では硬券が日常的に用いられており自社線内の駅と、貴生川経由でJR西日本の駅までの乗車券を購入することができる。
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新八日市駅(しんようかいちえき)は、滋賀県東近江市八日市清水二丁目にある近江img_7鉄道八日市線の駅。

相対式ホーム2面2線を有する地上駅であり、朝夕のみ有人駅となる。
正面のみ薄緑色に塗装された、洋風建築の駅舎を持つ。開業当時の駅舎と良く言われていたが、開業9年後の1922年(大正11年)に建てられたと判明している。
駅舎2階はかつて八日市線の前身である湖南鉄道、八日市鉄道の本社として使用されていた。

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木次線亀嵩駅

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kamedake_sta亀嵩駅(かめだけえき)は、島根県仁多郡奥出雲町郡村にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)木次線の駅。愛称は「少彦名命」(すくなひこなのみこと)。okuizumo-13
松本清張原作の映画『砂の器』で一躍有名になり、この駅付近の温泉には多くの観光客が訪れる。

かつては相対式2面2線だったが、2番のりばの線路が撤去されて停留所構造となり、現在は駅舎側1番のりばのみの片側1面1線(備後落合方面に向かって左側)で運用されている。
駅舎には扇屋という蕎麦屋が入っており、乗車券の販売が同店の店主に委託された簡易委託駅(木次鉄道部管理)である。POS端末等の設置はなく、常備券のみを発券する。名物の奥出雲そばは、前もって電話で予約すれば、列車到着に合わせてホームで受け取ることも可能。

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出雲坂根駅(いずもさかねえき)は、島根県仁多郡奥出雲町八川にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)木次線の駅。愛称は「天真名井」(あめのまない)。izumo_sakane_sta_enclosure
JR西日本では唯一の3段スイッチバックが存在する。ホームの片隅に延命水と呼ばれる湧き水がある。

相対式2面2線のホームと側線を持ち、行き違い可能な地上駅(ただし2009年4月現在、行き違いはトロッコ列車の運転時のみ)。木次鉄道部管理の無人駅であり、自動券売機等の設置はない。下りホーム側に入口があり、反対側の上りホームへは、車止めの反対側に位置している構内踏切で連絡している。長らく使われていた駅舎は2009年に解体され、2010年4月新しい駅舎が竣工した。
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浜寺公園駅(はまでらこうえんえき)は、大阪府堺市西区浜寺公園町二丁にある、南海電気鉄道南海本線の駅。駅番号はNK15。
辰野金吾の設計により、1907年に建てられた木造平屋建ての駅舎は、1998年に国の登録有形文化財に登録されている。第1回近畿の駅百選選定駅。現存利用されている私鉄駅舎の中では最古の駅舎がある[

待避設備を備えた2面4線のホームを持つ地平駅。3・4番線ホーム(難波方面)側に駅舎がある。4番線は難波駅側の切り欠き部にあり、元々はこの駅で折り返す列車が使用していたが、現在は待避線となっている。4番ホームの反対側には5番線があった形跡が残されている。堺・難波方面へ向かう列車で4番線ホームに入線する列車は3番線を通過し、4番線に停車する。反対側の1・2番ホーム(和歌山市方面)は島式ホームで、地下道によって連絡している。また、駅舎の反対側(線路の東側)にも改札口があり、1・2番ホームと構内踏切によって繋がっている。便所は改札内にあり、水洗式(2003年の改修工事完成前は汲み取り式)。
渡り線がないため当駅では列車の折り返しはできない。かつては難波方に渡り線があったが撤去され、当駅折り返し列車の設定はなくなった。ただ、普通浜寺公園の幕(1000系では浜寺公園の行先幕)は残されている。4番線に営業列車が入らない時間帯はロープによって立ち入りが制限されている。
Hamaderakoen_Station2 Hamaderakoen-higasiguchi img_4 浜寺公園駅_待合室_内部 浜寺公園駅_日中は立入禁止の4番線

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門司港駅(もじこうえき)は、福岡県北九州市門司区西海岸一丁目にある、九州旅客鉄道(JR九州)鹿児島本線の駅である。同線の起点駅[1]。
関門トンネルが開通するまで九州の鉄道の玄関口であり、対岸の下関駅との間に就航した関門連絡船との連絡中継駅として賑わった。駅舎は重要文化財に指定されている。

九州鉄道の起点の駅として門司駅として1891年(明治24年)4月1日に開設された。初代の駅舎が建てられたのは現在の門司駅舎が所在する地点よりも東側、今の北九州銀行門司支店の裏手に当たっていた。1901年(明治34年)5月27日には関門連絡船の運航が開始され、本州の鉄道と結ばれて多くの旅客と貨物がこの駅を経由することになった。しかし間もなく、1911年(明治44年)10月から下関 - 小森江間で貨車の車両航送が開始されて、貨車は直接連絡船に載せて本州と九州の間でやり取りされるようになり、当駅を経由するのは旅客が中心となった。
1914年(大正3年)に、2012年現在も存在する2代目の駅舎が完成し、移転開業した。その後も九州の鉄道の起点としての地位を保っていたが、関門トンネルの開通に伴って門司駅の名前は関門トンネルが接続することになる従来の大里駅に使うことになり、当駅は門司港駅へと改称した。
それまでは門司の埠頭にある貨物輸送用の駅が門司港駅(こちらの読みは「もじみなと」)と称しており、これに合わせて貨物駅は門司埠頭駅に改称された。それ以降の当駅は、本州と九州を連絡する鉄道輸送の流れから外れることになった。しかし門司鉄道管理局や国鉄九州総局などは引き続き門司港駅のそばに置かれ、国鉄分割民営化後もJR九州は異例の福岡と北九州の2本社体制を維持して、門司港駅脇に北九州本社が引き続き置かれていた。しかし福岡本社への統合に伴い2000年(平成12年)に北九州本社は閉鎖となっている。この建物は旧三井物産門司支店として現存する。
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肥薩線嘉例川駅

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嘉例川駅(かれいがわえき)は、鹿児島県霧島市隼人町嘉例川にある、九州旅客鉄道(JR九州)肥薩線の駅である。

単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅で、単式ホームの向かい側には使用されなくなった島式ホームが残っている。
駅前広場は手狭でバスが乗り入れる際の安全上の問題があり、鹿児島県の「魅力ある観光地づくり事業」の予算と霧島市の負担により、駅から約150 mの位置に約1,550 平方メートルの駐車場が整備され、2010年(平成22年)4月25日に完成記念式典が開かれた。 その後、平成25年5月1日より駅前まで「妙見路線バス」が乗り入れている。
駅舎は開業当初からの木造建築で、鹿児島県内の駅本屋としては大隅横川駅駅舎と並び最古の存在。2004年(平成16年)、旧・隼人町が保護のため買収し、2006年(平成18年)には登録有形文化財に登録されている。駅舎は地元のボランティアによって整備・清掃される。駅ノートが置いてある。
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