2014年8月アーカイブ

■翼を広げると1.6メートル 長い首を折り曲げて飛行2014-08-31_023013

シギの仲間(日本で58種)には北極圏で子育てをし、南半球まで渡って冬を越すというとんでもない旅を繰り返すものが少なくない。4~5月に日本列島を北上していったと思ったら、8月にはもう南下が始まっている。小鳥のさえずりより単調ではあるが、澄んだ笛の音のような声が多く、少し寂しげでもあり、秋の知らせにふさわしい。

色彩が地味で、小さいものではスズメサイズのシギたちに気づく人は少ないかもしれない。だが、大きなサギなら目にしやすいだろう。中でも、翼を広げると、1.6メートルにもなるアオサギが近年は各地で増えているらしい。

野鳥の数は地域、季節や年によっても違うので、総合的かつ長期的に調べないと増減はわからない。きちんと調べている人ほど、増えた、減ったについて簡単に口にしないことが多いが、なぜかアオサギとオオバンは例外。各地のデータも増加傾向を示しているものが多い。

日本のサギ科19種の中で白いのは数種だけ。だが、一般には「サギ=白鷺(しらさぎ)」というイメージが強いようで、アオサギがまだ少なかった頃は色付きで大きいことからコウノトリと間違えられて、よく騒ぎになったものだ。サギ、ツル、トキ、コウノトリの仲間はどれも首が長い。この中で、サギの仲間は飛んでいる時に首を縮めているので、すぐにわかる

アオサギはアジア、アフリカ、ヨーロッパと分布が広く、英語では「Grey Heron」と呼ばれる。確かに、背はブルーというよりはグレーなのだが、わずかに青みがかっているところに日本ならではの繊細さというか、美意識が感じられるし、それは誇りたいと思う。

■ローラン王朝では新郎が新婦に羽を贈る習わし

2014-08-31_023028そこで「日本では背の青みからアオサギと付いたんです」と説明するのだが、微妙な色合いなので、近くで、順光でないとわからない。「青くないじゃないか」という反応が多く「すみませんね、サギですから」とご容赦いただくようにしているが、これも日本人にしか通じないか……。

アオサギといえば、故紀藤義一さんを思い出す。北海道苫小牧市に1981年にオープンした民間初の野鳥保護区、ウトナイ湖サンクチュアリの最大の功労者である。初代レンジャーとしてそこに着任した私は、当時日本野鳥の会苫小牧支部長だった紀藤さんに公私ともに世話になった。

彼はウトナイ湖サンクチュアリのシンボルバードにアオサギを推して譲らなかった。女性や若い人には「アオサギは目がキツイので、もっとかわいい鳥にしたい」という声が多かったのだが、最終的に紀藤さんの意向を尊重した。

当時アオサギは北海道では冬を越さないのが普通で、北限の越冬地がウトナイ湖だった。また、彼によれば、苫小牧にはハンノキ林にアオサギのコロニー(集団繁殖地)がいくつもあったのだが、原野が次々に開発されて、ウトナイ湖近くの1カ所だけになってしまった。その繁殖地の保護活動にも奔走していた紀藤さんは本職は公民館の館長でありながら、市役所ともやり合っていたように思う。82年だったと記憶しているが、そこを「ローランの森」と名づけた。「アオサギコロニーじゃ、市民がなじめないべさ」

ローラン王朝のミイラが発見されて話題になっていた頃で、そのミイラはアオサギの羽を抱いていたのですぐに女性とわかった。ローラン王朝の時代、新郎が新婦にアオサギの羽を贈るという習わしがあったらしいと、紀藤さんから教わった。
(日本野鳥の会主席研究員 安西英明)

2014-08-25_025122_2Windows 9についてはかなりの情報がリークされてきた。それによるとWindows 8の過激なタッチ志向は修正され、スタートメニューが復活し、チャームバーは廃止されるという。しかしこうした推測も9月30日で終わりを告げるようだ。Vergeによれば、Microsoftはこの日にWindows 9のテクノロジー・プレビュー版を発表し、直後にダウンロードが可能になるという。

現在Thresholdというコードネームで開発が進んでいる次世代Windows OSの安定版が出荷されるのは来年初めと予想されている。われわれはWindows 9ではデスクトップでのユーザー体験が重視され、Windows 8にWindows 7の使い勝手が戻ってくると期待している。またModern Windows(いわゆる Metro)は存続するものの、デスクトップと緊密に融合され、非フルスクリーンの在来のウィンドウ内でも作動するようになり、ユーザーが2つの環境をいちいち往復しないでもすむようになるはずだ。

私自身はけっこうよくWindowsを使う。特にWindowsのデスクトップ・パソコンをゲームで愛用しているので、このMicrosoftの新しい(というか古い)デスクトップ重視の方針は大歓迎だ。9月末に公開されるバージョンがこれまでに伝えられてきた方針に沿ったものであることを祈る。
http://www.theverge.com/2014/8/21/6052807/windows-9-preview-press-event-september

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国土地理院(茨城県つくば市)は21日、豪雨による土砂災害に見舞われた広島市を、上空から航空機で撮影した写真計86枚をホームページで公開した。同じく大雨の被害を受けた京都府福知山市と兵庫県丹波市の航空写真計62枚も公開した。

広島市では、被害の大きかった安佐南区や安佐北区を20日に撮影。地図上の撮影場所のマークをクリックすると、空撮写真を見ることができる。山の斜面に土砂崩れの跡がほぼ直線的に走り、その下の住宅地が茶色い土砂で覆われている。

2千棟以上が浸水した福知山市では、泥水が引いた後の市街地が茶色く染まり、丹波市では山肌の崩れた跡が見える。ともに19日撮影。 

マイクロソフトが、2014年8月13日公開のWindows 更新プログラムに問題があり、適用するとPC が起動しなくなる場合があると発表しました。
現在は該当の更新プログラムを配信停止するとともに、起動しなくなった場合の復旧方法を公開しています。また問題が発生していないPC においても、予防のために該当のプログラムのアンインストールを推奨しています。
不具合の原因となる更新プログラムは:

  • 2982791 [MS14-045] カーネル モード ドライバーのセキュリティ更新プログラムについて (2014年8月 12日)
  • 2970228 Update to support the new currency symbol for the Russian ruble in Windows
  • 2975719 August 2014 update rollup for Windows RT 8.1, Windows 8.1, and Windows Server 2012 R2
  • 2975331 August 2014 update rollup for Windows RT, Windows 8, and Windows Server 2012

4つのうちいずれかをインストールした後に、Stop 0x50 エラーが発生してPC が異常終了する場合があるほか、再起動後にも同じエラーが発生して起動に失敗する場合があるとしています。
PC が起動しない場合の復旧方法は:
  1. Windows のインストールディスクから起動してスタートアップ修復やシステムの復元を行い、更新プログラムをインストールする前の状態に戻す
  2. システムのバックアップがある場合はリストアする (=更新プログラムのインストール前に戻す)

これらの方法で復旧できない場合は、PC をセーフモードで起動してフォントキャッシュ fntcache.dat を削除する必要があります。
以下MS によるセーフモードからの復旧方法の引用。
Windows 8 / 8.1 の場合
  1. DVD や USB などのインストールメディアがある場合は、ドライブに挿入しPC を再起動する。ない場合はステップ4へ。
  2. Press any key to boot from DVD と表示されたらキーボードのキーを押す。このメッセージが表示されない場合は、DVD や USB からPC を起動するようにBIOS を設定変更し、起動順序を変更する。
  3. Install Windows ページまで来たら、Windows Recovery Environment を起動するためにRepair your Computer をクリック。
  4. インストールメディアが無い場合は、Windows の起動処理中に電源ボタンを長押ししてPC を3回再起動する。その後にPC を起動するとWindows Recovery Environment が起動する。
  5. PC が起動したらすぐに [オプションの選択] 画面で [トラブルシュート] をクリック。[スタートアップ設定] オプションが無い場合は[詳細オプション] からクリック。
  6. [スタートアップ設定] をクリック後、[再起動] ボタンをクリック。
  7. [スタートアップ設定] 画面で 「4) セーフモードを有効にする」 を選択。
  8. セーフモードで起動したら、管理者権限を所有するユーザーでログイン。
  9. 管理者権限でコマンドプロンプトを開き、del %windir%\system32\fntcache.dat と入力して実行し、fntcache.dat ファイルを削除する。
  10. PC を再起動する。通常はこれで正常に起動する。

11. レジストリエディターを起動する。方法はスタートメニューから「ファイル名を指定して実行」を選択し、regedit と入力してOK ボタンをクリック。

12. レジストリエディターが起動したら、左ペインから [HKEY_LOCAL_MACHINE] をクリックして展開し、[SOFTWARE] - [Microsoft] - [Windows NT] - [CurrentVersion] - [Fonts] の順番でポイントする。

13. [Fonts] を右クリックし、[エクスポート] をクリック。

14. ファイル名に任意の名前を設定し保存。(ステップ15で削除する、フォントに関するレジストリを復旧する際に使用)
15. Fonts サブキーから以下の条件に合うレジストリを探して削除する。
  • ファイル名のみではなく、下記画面例のように C:\xxx\xxx\xxx.otf などのフルパスで指定されている。
  • ファイル名の拡張子が otf (xxx.otf) となっている。


16. 管理者権限でコマンドプロンプトを開き、再度 del %windir%\system32\fntcache.dat と入力して実行し、fntcache.dat ファイルを削除する。
17. [コントロールパネル] から [プログラムと機能] を開いて[インストールされた更新プログラム] をクリックし、以下の4つの更新プログラムを探してアンインストールする。
  • KB2982791
  • KB2970228
  • KB2975719
  • KB2975331

18. PC を再起動する。
19. ステップ14で保存したファイルを右クリックして[結合 (G)] をクリックし、ステップ15で削除したレジストリキーを復元して作業完了。

2014-08-18_152933_2日本の研究者が開発したこのカメラは、1秒に4.4兆コマのフレームを撮影できる世界最速のカメラを東大と慶応大学の共同研究チームによって開発された。

使用されている技術は「Sequentially Timed All-optical Mapping Photography」、略してSTAMPと言われるもので、その手法は他の超高速カメラが採用しているものとは一線を画する。撮影速度は、従来のカメラの1000倍にも達する。

現在の超高速リアルタイム撮影技術を牽引している手法は、ポンプ・プローブ法と呼ばれるものだ。その手法においては、(とくに光化学反応を観察するために)まずポンプ光を照射することで起きた反応を、次いで照射したプローブ光によって分析するものだ。STAMPがそれと異なるのは、瞬間をつど測定する必要がなく、一度の撮影で画像を取得し、対象の空間的な情報を450×450ピクセルの解像度で可視化することができる点だ。

STAMPは、光の速度の約6分の1の速さで進行する化学反応や、熱伝導の研究に活用できそうだ。慶応大学と東京大学の研究者で構成される研究チームは、過去3年にわたってSTAMPカメラの開発に取り組んでおり、今後もその研究を継続したいと考えている。なお、彼らの研究結果は、8月10日に「Nature Photonics」上で発表された。

研究チームは、今後さらに撮影画像の解像度と精度を高めることを目指しており、レーザーカット技術を用いる製造分野などでの活用を視野に入れている。このカメラを使えば、レーザーカット中にレーザーを検知し、カットの修正をできる可能性がある。またこの技術は、医療利用においても有用となりうる。

2014-08-12_200958_21985年(昭和60年)8月12日羽田空港18時12分発伊丹空港行のJAL123便が、18時56分に群馬県多野郡上野村の御巣鷹の尾根に墜落。乗員乗客524名のうち死亡者数は520名、生存者は4名で、死者数は日本国内で発生した航空機事故では最多であり、単独機の航空事故としても死者数世界最多という最悪の事故となった。

<事故発生>
18時24分(離陸から12分後)123便の垂直尾翼は後部圧力隔壁の破壊により垂直安定板の下半分のみを残して破壊され、油圧系統全てが制御不能となってしまう。
そのため両主翼にあるエンジンの推力調整のみでの飛行を余儀なくされる。

<機内の様子> 2014-08-12_201014_2
機内では衝撃音が響いた直後に、各座席に酸素マスクが落下し、緊急放送が流れた。機内は異常発生直後から墜落までさほど混乱に陥ることはなく、全員落ち着いて行動していたという。

<墜落時の状況>
クルーの努力も空しくJAL123便は降下し続け、18時56分14秒に対地接近警報装置が作動。同17秒頃、機体はわずかに上昇しだしたが、18時56分23秒、機体後部と右主翼が樹木と接触。18時56分30秒、高天原山の斜面に前のめりに反転するような形で衝突、墜落した。
640km/hの速度で墜落した衝撃により、機体の大部分に数百Gの衝撃が加わり、機体前部から主翼付近の構造体は原形をとどめないほどバラバラになり炎上した。
即死した乗員乗客も多かったものの、客室後部付近を中心に墜落直後の時点ではかなりの数の乗客が生存しており、翌朝捜索隊が到着するまでの間に次々と息を引き取ったという生存者の証言がある。
<救助活動について> 2014-08-12_201114_2
墜落から約20分後の19時15分頃、アメリカ空軍のC-130輸送機が墜落現場を発見し通報。
アメリカ陸軍救難ヘリを現場へ誘導したが、日本側の要請により救助開始寸前に中止を命じられる。
19時21分頃、航空自衛隊のF-4戦闘機の2機も墜落現場の火災を発見して通報し、墜落から約2時間後の20時42分に百里基地救難隊のKV-107ヘリコプターが現場上空に到着した。しかし、本格的な夜間救難装備が無いことなどを理由に、事故当夜には救難員が降下しての救助活動は行われなかった。墜落からおよそ14時間が過ぎた翌朝8時30分頃に、長野県警機動隊員2名がヘリコプターから現場付近に降下し、その後陸上自衛隊第1空挺団員が現場に降下して救助活動が開始された。
実際に救助活動が行われたのが墜落から14時間経過した後であったことから、
救難体制の不備や、緊急時における縦割り行政の問題点が指摘された。

<事故原因>
運輸省(当時)航空事故調査委員会は、墜落より7年前に発生した尻もち事故の際、ボーイング社が行った修理にミスがあり、それが原因で客室と機体尾部を隔てる後部圧力隔壁が破壊され、事故が起きたと認定された。

2014-08-12_165733_2今年に入って西アフリカでのエボラ出血熱の流行が続き、現地での感染拡大の懸念はいまだに払拭できていません。世界保健機関(WHO)の統計によると、今年2月以降に1000人以上が感染、うち660人が死亡(7月20日現在)したとみられます。エボラ出血熱は過去何回か流行していますが、今回の西アフリカ3か国(ギニア、リベリア、シエラレオネ)のケースは感染者、死者ともに過去最大級。外務省医務官の経験のある関西福祉大学の勝田吉彰教授は「これまでの発生は山奥だったが、今回は首都という人口密集地も含むエリアで流行したことが大きな違い。人の動きが多く、感染拡大を防ぐ囲い込みが難しい」と話しています。

ただしエボラ出血熱はほかの人に感染する前に死に至るケースが多く、的確に隔離されれば拡大しにくいともいわれ、海を越えて日本にまで来る可能性は低いとみられます。

空気感染はしない

エボラのウイルスが発見されたのは1976年のスーダン。その後、突発的に10回ほど流行し、感染したときの致死率は50~90%と非常に高いものになっています。治療法も確立されていません。

一方で今回の西アフリカの流行が起きるまでの死者数は1500人強で、マラリアなどの感染症と比べ少ないとの指摘もあります。空気感染などはせず、感染した人の血液や臓器、排泄物に接触しなければうつりません。このためこれまでは感染者の隔離によって拡大を防ぎ、短期間で消滅させることができていました。しかし、今回は都市部での発生で、すべての患者を特定できていないと見られています。

西アフリカで拡大した背景

さらに文化的な違いも感染拡大を止められない背景になっているようです。勝田教授は「エボラに限らず、病気は神の呪いという考えはまだ根強く、現地の人々が祈とうや薬草という伝統的な治療に頼り、近代医療体制が信用を得られていない面もある」と指摘。「隔離するべき患者を、現地の人たちや教会関係者などが別にかくまってしまうというケースもある」といいます。

また西アフリカは埋葬の際、遺体にふれて哀悼するという習慣が残っており、これも感染拡大につながるともいわれます。さらにエボラ出血熱はコウモリやチンパンジーなどの野生動物の肉を食べる習慣が原因になっているとの見方がありますが、「コウモリを食べないようおふれは出したようだが、強制的な命令にはなっていないのでは」(勝田教授)といいます。こうした文化的な違いとわからない病気という恐怖心から混乱が広がり、国境なき医師団の「制御できない状況」という声明につながったとみられます。

7月25日には、リベリアの政府関係者がナイジェリアのラゴス入りした直後、エボラ出血熱が原因で死亡したことが報じられました。この政府関係者はラゴスですぐ隔離されたため、感染拡大のリスクは少ないとみられます。しかし、感染した人がそれに気づかず飛行機に乗って移動し、アフリカ以外でも発生する可能性はゼロとはいえません。カナダで西アフリカから帰国した人が似たような症状を示したとき、結果として感染なしだったにもかかわらず、騒動になりかけたというケースも出ています。

勝田教授は「エボラについては、過去の映画などで怖いというイメージが染みついているので、極端にあおらなくても、一般新聞レベルの報道でもパニックに火がつくのではと考えられる。正しい情報を得ないまま、社会的なパニックを起こすことが最も危険といえる」と強調。また、「仮に日本に入ったとしても隔離にいたる手順がすでに整備されている面が出ると安心感を与えられるかと思う。強制的な隔離などをすることで、アフリカのような流行になることは考えにくい」とし、アフリカから帰国してきた人に対する社会的な拒絶などを防ぐためにも、冷静で正しい情報収集を心がけるべきと話しています。

Microsoftは8月12日にWindows 8.1のアップデートを公開するが、公式ブログによればこのアップデートは噂されていた「アップデート2」ではないそうだ。

ではこの「アップデート2ではない8月アップデート」には何が含まれるのか?

トラックパッドの改良、 SharePoint Onlineの連携改良、デベロッパー向けのWi-FiAPIのアップデートなどだそうだ。いずれも必要なアップデートだろうが、なるほど4月に発表されたアップデート1ほど大規模なものではない。

アップデートはWindows Updateで自動的にインストールされるのでユーザーは特に何もする必要はない。電源が入っていればいいだけだ。

Windows 8.1アップデート1は非常に大規模なリリースだった。OSのブートオプションが改良され、新たなデバイスがサポートされた。ユーザー・インタフェースも抜本的に改良されてずっと使いやすくなった。たしかに“$Update_X”タグを付与される資格があった。

今回8月に予定されているアップデートはそれほどの規模ではない。Microsoftはブログ記事で、今後はアップデートのサイクルを速めていくとして次のように述べている。

改良点を大量にまとめ、何ヶ月も待って一括して大規模なアップデートとして発表するのではなく、月例アップデートを利用してもっと頻繁に改良を行っていくことにした

そういうわけで今回の8月アップデートは、番号付きの大型アップデートから小規模な連続的アップデートへとMicrosoftがアップデート・サイクルを速める戦略に転じたその第一号ということになる。今後Windowsユーザーは毎月、小規模だが実質的なアップデートを受けることになる。

http://windows.microsoft.com/ja-jp/windows-8/install-latest-update-windows-8-1

この記事の原文
http://techcrunch.com/2014/08/05/microsoft-announces-august-update-to-windows-8-1-but-dont-call-it-update-2/

2D画像の中でオブジェクトのサイズを変えたり、フレーム内での位置をわずかに移動させたりすることは、もはやごくありふれた操作になっている。だが、米国カーネギーメロン大学ロボット工学研究所が開発した新しいツールを使えば、オブジェクトを回したり裏返したりして、本来はカメラがとらえていない部分まで見られるようになる。

なぜそんなことができるのだろうか。それはこのソフトウェアが、公開されている多様な3Dモデルデータを利用して、オブジェクトの全体形状、あるいは画像に写っていない部分をどのように完成させるべきかを、編集ソフトウェアに伝えているからだ。オブジェクトの構造と対称性を学習することで、ソフトウェアは空白部分を埋め、オブジェクトの全体像(または、そのようであろうと推測されるもの)を再構成することができる。

このシステムは、当初はデジタル画像の処理を前提に設計された。ところがその後、研究者たちは、古い写真や絵画の中であっても、これを使ってオブジェクトを操作できることに気づいた。また、この技術を応用して写真のアニメーション化が可能であることもわかった。折り紙の鶴が羽ばたいて飛び立ち、旋回して廊下の奥の方へ飛んで行く作品例(冒頭の動画に収録)などが制作されている。

オブジェクトの形状と3Dモデルが正確には一致しないこともあるが、研究者たちはこれを半自動的に整合させる技術を開発した。ソフトウェアは、これによってオブジェクトの写真では見えない部分に当たる環境光を推測し、それを再現できる。

いまのところは、どんなオブジェクトのモデルでもオンラインで手に入るわけではない。しかし、3Dスキャニングの普及が進んでいるおかげで、今後モデルの「品揃え」が充実するだろうことは間違いない。

このソフトウェアは、現地時間の8月11日から14日までヴァンクーヴァーで開催される国際会議兼展示会、SIGGRAPH(シーグラフ)2014で発表される。
 http://www.cs.cmu.edu/~om3d/

台風などの災害時にニュースで「避難指示」や「避難勧告」という言葉を耳にしますよね。他にも「避難準備情報」というものもあります。これらはどんな時に発令され、どれが一番、緊急性が高いのか?
この3つの中でもっとも緊急性が高く、強制力が強いのは「避難指示」、次が「避難勧告」で一番弱いのは「避難準備情報」ということになる。それぞれの発令基準は次の通り。

避難準備情報
避難勧告や避難指示を行うことが予想される場合に、それに先立ち発令される。被害が予想される地域の住民、特に高齢者ら避難に時間がかかる住民に早めの避難を呼びかけるもの。
避難勧告
災害による被害が予想され、人的被害が発生する可能性が高まった場合に発令される。指定された避難所など安全な場所への避難を勧めるためのもので、避難を強制するものではない。
避難指示
状況がさらに悪化し、災害によって人的被害が出る危険性が非常に高まった場合や人的被害が発生した場合に発令される。避難指示が出た場合は直ちに避難しなければならない。但し、避難しなかった住民に対する罰則規定はない。
因みに「避難命令」という言葉を聞くことがあるが、わが国では法律に基づく「避難命令」はない。法律で規定されているのは「避難指示」と「避難勧告」のみで、「避難準備情報」は法律による根拠はないが自治体が地域防災計画に基づき発令することがある。

西日本一の高さを誇り「四国の屋根」と称される石鎚山系の東端、赤石山系。その一つ、標高1294メートルの銅山越(愛媛県新居浜市)の周辺は、登るにつれて時を遡ることができる空間だ。

坑内につながる通洞から出る冷気で入り口は白く煙る(マイントピア別子)

一帯にはかつて住友家が営んだ別子銅山があった。元禄4年(1691年)の開山から昭和48年(1973年)の閉山まで、282年間にわたって銅を採掘した。山中では往時を物語る遺構が静かに時を刻む。深い山の奥にたたずむ威容は、南米ペルーの山中にあるインカ帝国の遺跡になぞらえて「東洋のマチュピチュ」の別名を持つ。

坑内につながる通洞から出る冷気で入り口は白く煙る(マイントピア別子)

■総延長700キロメートル

銅山跡を訪ねるには、まずJR新居浜駅からバスで山麓付近の端出場(はでば)に向かうのが一般的だ。海岸線から内陸へ数キロメートル。険しい山が目の前に迫る。ここは最後の採鉱本部が置かれた場所で、今は遺構を生かした観光施設「マイントピア別子」がある。

坑道は山頂付近から掘り下げられ、最終的には延長約700キロメートル、深さは海面下約1000メートルにまで達した。マイントピアではその一部を見ることができる。山腹を長さ10キロメートル近く水平にくりぬいた物資運搬用のトンネル「通洞」が残っており、暗闇をのぞくと今でも削岩機の音や労働者の声が聞こえてきそうだ。夏には30度を超す外気との温度差は約15度。冷気が白い霧状になって吹き出ているのが見える。

マイントピアには年間43万人程度が訪れる。多くはマイカーや観光バスの利用者で、観光坑道などを見るだけで帰る。しかし銅山の歴史を肌で感じるには、自分の足で一帯を巡るのがお薦めだ。

登山道の入り口はダムの近くにある。夏草が生い茂り、まるで獣道だ。散歩中の住民に道順を尋ねると「最近ここから登る人は少ないよ」と心もとない返事。見渡すと渓谷に架かる朱色のアーチ橋が目に入った。明治後期に完成した古い鉄橋だ。渡った先の道は閉鎖され、こちらに進むことはできない。

登山道をひたすら登る。さわやかな風が吹くが、険しい道に玉の汗がしたたる。渓谷に響く清流の音が応援団だ。ふと、目の前にカラスアゲハが舞い降り、ビロードのような羽を披露してくれた。

明治初期に牛車道が完成するまでは、この山道を30~45キログラムの鉱石を背負った男女が列をなしていたという。彼らも昆虫や山鳥とのささやかな出会いに心を和ませたかもしれない。

途中、鉱毒水を流したレンガの水路跡などを見ながら歩くこと約2時間。ようやく「天空都市」のある標高750メートルの東平(とうなる)に着く。

■いよいよ天空都市に

東平には鉱山が端出場に移転する前、大正から昭和初期にかけて採鉱本部があった。最盛期には労働者とその家族ら3800人が暮らしたという。今も掘り出した鉱石をためておく貯蔵庫や、鉱石を山裾におろす索道(リフト)基地の跡が残る。山肌に沿って石造りの遺構がそびえ立つ様は、まさに天空都市だ。

今では観光スポットとして知名度も上がり、年間に6万人が訪れる。取材した日も家族連れやハイヒールをはいた若い女性が記念写真を撮っていた。

端出場からは幅の狭い車道が通じているので、東平だけを見て帰ることもできる。しかし、マイカー族が目にする遺産はあくまでも一部。実は銅山越の先の南斜面にこそ、歴史が詰まっている。

銅山の歴史は17世紀の終わりごろ、南斜面に鉱脈が突き出ているとの情報が住友家にもたらされて始まった。採掘は手掘りからダイナマイト、削岩機へ。鉱石の運搬手段も人力から牛馬、蒸気機関車、そして電車へと進化した。様々な仕事が今の住友重機械工業や住友林業、住友化学などを生んだ。

開山当時の名残を残す銅鉱の露頭までは、東平から1時間半余り。登山ルートは整備され、端出場からの道より快適だ。露頭の東側には最古の坑道の入り口が残る。その名も「歓喜坑」。大鉱脈を掘りあてた当時の喜びが伝わってくる。

別子銅山では風雪のため行き倒れたり、豪雨で命を失ったりした人がいた。歓喜坑の周囲には繁栄の陰で犠牲になった人々を供養する塔が点在する。

南斜面をさらに下ること一時間余りで、旧別子銅山登山口に着く。ここに車を止めて高山植物に富んだ赤石山系山頂付近を周回する登山客が多いが、江戸から昭和に至る銅山の歩みを追いかけるなら、端出場と旧別子銅山登山口を結ぶルートに限る。ただ登山口から新居浜市街地に戻る手段は1日2便のデマンド方式のバスだけ。日帰りは事実上不可能で、周辺に宿泊施設はほとんどない。

■観光開発はこれから

交通や宿泊面に課題が多いのは、一帯が住友の所有であり、今も犠牲者の供養を行うなど、関係者にとって特別な場所であることと無縁ではない。

山麓にある別子銅山記念館の田尾邦雄館長は「この山は住友の原点として大切な場所」と、安易な観光地化には慎重な姿勢を示す。一方で「銅山での事業が日本産業の近代化に大きく貢献しており、多くの人に意義を理解してほしい」とも話す。

新居浜市もこれまでは端出場と東平以外については積極的なPRを行ってこなかった。登山ルートの検証や旅行商品の開発も緒に就いたばかり。「東洋のマチュピチュ」が多くの人の目に触れるのはこれからだ。

政府の総合海洋政策本部(本部長・安倍晋三首相)は1日、日本の領海の範囲を決める基点となる離島のうち、名称のない22都道府県の158の無人島に名称を付け、同本部のホームページ上で公表した。尖閣諸島(沖縄県石垣市)の5島も含まれており、周辺海域で公船の航行を繰り返す中国を念頭に、離島の日本帰属を明確化することで、領海の管理強化につなげる。

尖閣諸島の5島は、南小島周辺の2島を「南東小島」「南西小島」、久場島周辺の3島を「東小島」「南東小島」「西北西小島」とそれぞれ名付けた。政府は、決定した離島の名称を、速やかに地図や海図に記載する方針だ。

離島の保全策を検討する政府の有識者懇談会が6月30日、離島に名称を付与し、地図や海図に記載するよう政府に提言。政府は名称付与に向け、所有者の有無の確認作業などを進めていた。

菅(すが)義(よし)偉(ひで)官房長官は記者会見で「離島の保全・管理のあり方に関する基本方針に基づき、領海線を根拠付ける離島への名称作業を進めてきた。本日その作業が完了したので公表した」と述べた。

政府が離島名称を公表したことをめぐり、在日中国大使館は1日、外務省に対し、「(尖閣諸島は)中国の固有の領土だ」と申し入れた。外務省は「中国の主張は受け入れられない」と説明。菅氏も記者会見で「日本は尖閣諸島に関する基本的な立場に基づき、しかるべき判断をした。尖閣諸島に限ったことではなく、全体を見直している」と強調した。

関連サイト http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/ritouhoushin/meisyou140801.html

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