2010年10月アーカイブ

釈奠大祭

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 釈奠大祭(ソッジョンデジェ)は、孔子に仕えた祠堂である文廟で行う大祭り(祭祀)のことで、愛、礼儀、人格の完成から理想的な政治を具現しようとした孔子の徳をほめたたえ追慕する祭礼のことをいう。
 韓国では釈奠が高句麗の小獣林(ソスリム)王2年(372)時に、最初の国立大学である太学から行なわれたと知られて、朝鮮時代には国家的な行事として発展した。
 「釈奠」とは「菜釈幣奠」という言葉から出た名前で、もともとは山川、廟祀、先聖(孔子。739年に文宣(ムンソン)王を尊敬する)など様々な祭りからこの釈奠という言葉が使われていたが、受け継がれていた祭りがだんだんとなくなり、文廟の釈奠だけが残り、現在では文廟祭享となった。
 釈奠大祭は、成均館大成展から孔子を中心に孔子の弟子と韓国の儒者ソルチョン、チェチウォン(崔致遠)などの賢人が春・秋の毎年2回行なった.

 この祭りは神礼, 奠幣礼、初献、空楽、亜献礼、終献礼、飲福礼、チョルビョンドゥ、送神礼、望僚の手順に進み、今日演奏されている文廟祭礼楽は世宗(1418~1450)時代、バクヨンが元の《大成楽譜》に基づいて作曲し、十二律を各々宮でした12曲と送神黄鐘宮、送神夾鐘宮、送神林鐘宮を合わした全15曲だ。バクヨンが作曲したこの音楽の曲譜は、《楽学軌範》に伝えて、今も《楽学軌範》にある通りに演奏するという。
 釈奠大祭楽は雅楽器だけを使う八音(楽器作る上での8つのい要素)を備える他、登歌と軒架の二つの楽団が交互に演奏するという原則をもっている。石段の上に配列されている登歌には編鐘、編磬、特鐘、特磬、節鼓、擦弦楽器とジ、ヤック、ジョック、琴、瑟、拍、チュック、オ、唄などが、そして石段の下にある軒架楽には、編鐘、編磬、路鼓、ノド、晉鼓、ヤック、ジョック、拍、チュック、オ、唄などが編成されている。登歌には陰呂を使い、軒架楽には陽律を使う。
 文廟祭礼楽の音の広さは12律の4清声に過ぎず、7音の音階からできている主音で始まり主音で終わる。旋律は装飾音がなく、各音の長さが一定で和平正大な味を出す。
釈奠大祭は春、秋の1年に2回、孔子の偽金が祭られている成均館大学の大成殿で開かれ、韓国伝統の祭礼文化を見ることができる。行事は旧暦を使うため、祭礼を行う日にちを陽暦で予め確かめなければならない。

権力の世襲が成功する確率は非常に低く、政治的には完全な賭博だ。テキサス大学のブラウンリー教授が2007年に執筆した論文「現代の独裁国家における権力世襲」は、1945年から2006年までの間に、一人が3年以上権力の座にあった独裁政権258のケースについて調べている。そのうち23のケースでは、権力を世襲しようとしたものの、成功したのはわずか9例だった。率にすると39%だ。つまり北朝鮮は、この統計ではほかの追従を許さない記録を打ち立てているのだ。親子二代が国を統治した期間をみても、金日成(キム・イルソン)主席と金正日総書記の二人は62年間にわたり権力の座にあり、それは今も続いている。西アフリカのトーゴとガボンも、44年間の統治記録が続いている。ちなみに年数では同じ44年だが、トーゴの方が8カ月ほど長い。シリアは39年、アゼルバイジャン17年、コンゴ民主共和国は13年目に入っている。

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