2010年3月アーカイブ

-韓国・中央日報の社説(2010-03-16)から-「韓日中の過去の問題、清算でなく和解で解決すべき」

10日、ソウル鍾路区寿松洞(チョンログ・スソンドン)日本大使館の前では、慰安婦問題の解決を求める定期水曜集会が開かれた。 908回目だ。

  17年以上も慰安婦被害女性が水曜集会を続けているが、日本政府に大きな変化はない。 過去の問題がこのように進展しない状況で、韓日関係がさらに発展することは可能なのか。 韓国・日本・中国が3カ国首脳会談を通して、東アジア地域の平和と安定、新しい未来を用意しようという努力を始めてからも10年が過ぎた。 昨年10月にも3カ国の首脳が北京で会い、政治・経済・環境など幅広い分野で相互協力することで手を握り合った。 3カ国の協力がアジアの未来のために進むべき道だという共感を確認したのだ。

  しかし容易なことではない。 東アジア国家間には侵略と収奪の歴史、わだかまりがあるからだ。 過去の問題をどう解いていくかは3カ国の前に存在する共通の課題であり、3カ国が共同で解決しなければならない宿題だ。

  その宿題を解くための行事が11日に開かれた。 高麗(コリョ)大「東アジア研究院、価値と倫理センター」が主催した国際ワークショップだ。 「過去の歴史の和解と相続された責任性」がテーマだった。

  ワークショップでは、過去の清算という観点で見るのではなく、和解という側面で見ることを提案した。 また過去の問題について3カ国の国民の考えが変わることなく外交的レベルで清算や和解をしても、北東アジアの民族主義が作りだす緊張を克服することはできない、と主張する。

  ワークショップには国内外の学者11人が出席した。 米MITのメリーサ・ノブルス教授(政治学科)、英ブリストル大のダニアル・バート教授(政治学科)、米シートンホール大のイナン・ホ教授(国際外交学科)、日本早稲田大の梅森直之教授(政治経済学科)らが熱を帯びた討論を繰り広げた。 討論の場を準備したのは高麗大のクァク・ジュンヒョク教授(政治外交学科)だ。 シカゴ大で政治学博士を取得したクァク教授は「東アジア研究院、価値と倫理センター」の所長も務めている。

  --なぜ過去の歴史の清算ではなく和解なのか。

  「過去の解決というものが清算に焦点が合わされてきた。 私たちも慰安婦をはじめとする過去の問題の解決努力を清算を中心に展開してきた。 過ちに対する賠償が中心だった。 しかしこれに限られた過去の整理は未来志向的でない。 未来志向的な協約を念頭に置いて過去の問題に接近することと、賠償に焦点を合わせるのとでは、大きな差がある」

  --賠償による過去の清算と未来志向的な協約の差は何か。

  「賠償を強調すれば両国間の民族主義や過去の行為に対する屈辱感を刺激しうる。 真摯な和解の枠が形成されるよりも、外交的な解決へと流れてしまう。 また広範囲な市民の覚せいなく外交的レベルでの浅い和解は、北東アジアの民族主義が作りだす緊張を克服できない。 より厚い形で市民レベルの和解の雰囲気が醸成されなければならない。 賠償と和解の主体が市民でなければならず、賠償と和解の範囲も物質的な賠償から精神的な回復にいたる和解にならなければならない。 そうしてこそ未来志向的でありうる。 未来志向的な和解のためには、私たちの過ちも話して省察する必要がある。 慰安婦問題は私たちが質問するが、ベトナム問題は私たちが応答しなければならないのではないか」

--今回の国際ワークショップの意味は、過去に対する責任を問える根拠を用意し、東アジアでの民族主義的志向を克服するものだと考えればよいのか。

  「それは基本課題だ。 過去の和解のための国内外の条件を用意することも重要だ。 韓国問題のグローバル化が必要となる。 これまで韓国の複数の市民団体が、慰安婦問題を世界の人々に覚せいさせるのに大きく寄与した。 今は韓国の問題を解決するためでなく、同じような問題の再発を防ごうという世界人の問題として、私たちの過去の問題を拡大適用しなければならない。 現実的に過去の和解なしに東アジア共同体も不可能だ」

  --過去の清算で和解が取り上げられたのはいつからか。

  「1945年のニュールンベルク国際軍事裁判が最初だ。 米国・英国・フランス・旧ソ連によって開かれ、ナチスの指導者が裁判を受けた。 過去の和解のモデルとして望ましいのはドイツだ。 ドイツはユダヤ人虐殺に対して莫大な賠償金を支払い、70年にはビリー・ブラント首相がユダヤ人とポーランド人を虐殺したワルシャワ記念碑の前で膝をついて謝罪したことがある。 ドイツはナチス政権の犠牲者の連邦賠償法も制定した」

  --過去の歴史の和解で政治指導者の謝罪が持つ意味は何か。

  「謝罪が非常に重要だ。 政治的にリップサービスという人もいるが、そうではない。 政治指導者が謝罪することは、その人が所属する社会の市民を代表して意思表現をするということだ」

  --過去の和解のための東アジアの状況はどうか。

  「東アジアで韓日中の外交的関係は回復し、維持されている。 しかし市民の間で敵対的感情は残っている。 外交的な関係の回復は幅の狭い国家間の和解だった。 今では一次元高い和解が必要だ。 東アジアで民族主義の風が吹けば、いつでもお互い敵対的な関係へ向かうおそれがある。 中国とは東北工程があり、日本とは独島(ドクト、日本名・竹島)問題がある」

  --天皇が謝罪すべきか。 謝罪すれば和解になるのか。

  「天皇の謝罪については現実的にあまりにも頻繁に要求し、どういう意味があるのかという人もいる。 頻繁な要求が日本の保守右派の自尊心に障るという論理だ。 しかしそうではないと考える。 要求すべきことは要求できる。 象徴的だが、日本の指導者が謝罪することで、日本内部だけでなく、他国の見解も正せる。 民主党政権での天皇の謝罪は自民党政権とは違うと考える。 鳩山政権は過去の過ちを認める前提で周辺国との発展的な関係を模索すると述べた。 その意味は、天皇の謝罪が、すなわち実質的、政策的な努力につながりうるということだ」

  --政府の対日接近法も変わらなければいけないのか。

  「天皇の謝罪は外交的に取り上げにくい問題であるのも事実だ。 しかしこれがステップになることも考えられる。 よりいっそう未来志向的にアップグレードされた過去の和解の枠組みを提示すれば、天皇の謝罪を受けられるはずだ。 民族主義的な観点でこの問題の解決を要求してはならない。かといって民族主義を過度に意識して何もしないのもいけない。 未来志向的な過去の和解に焦点が合わされるなら、日本も天皇の謝罪に納得するだろう」

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